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中伊豆北条氏らぶツアー ~伊豆長岡編~

更新が遅くなりましたが、ツアー本番!我らが北条氏の本拠地、伊豆長岡にいざ、見参!

Yaehime

市町村統廃合の関係で、今は「伊豆の国市」になっている伊豆長岡。修善寺からは電車に乗って伊豆長岡駅で下車。駅で地図を手に入れ、モデルコース、その名も「頼朝・政子ロマンの路」(ここで笑ってはいけない)の散策を開始。
ロマンの路ですが、第1ポイント眞珠院は頼朝がちょっかいを出して子供こさえたけど親父に反対されて赤子を殺され自らも身を投げたという伊東祐親の娘、八重姫を供養するお寺。いきなりドロドロです。供養堂には小さなはしごが奉納されていました。なんでも、入水した姫君をはしごがあれば助けられたと里の人々が後悔し、供養のために奉げたのがはじまりとか。今ははしごを納めてお願い事をするらしいです。
建物は近年のものですが、裏手の墓地の中に由緒のありそうな石塔がありました。
Sekito
このお寺は川沿いに、すぐにそそり立つ岩山の懐にあります。この岩山(守山)の裾を通る道が鎌倉古道。お寺の山門はみなこの道に向いているので、由緒のある古い道であることがうかがわれます。今では静かな(静かすぎたよ・・・)住宅街の中ですが。
脇道横道が大好きな阿由多にしては珍しく、地図のおすすめコースにしたがって、頼家の訃報を聞いて出家した、甲斐武田の五代目武田信光(かの有名な武田信玄のご先祖)が開山したと伝えられる信光寺を通り過ぎ、願成就院へ。
願成就院は、北条時政が頼朝の奥州攻めの戦勝祈願のために建立したお寺です。北条氏の氏寺として、全盛期は伊豆地方屈指の大伽藍を誇ったそうですが、後の北条氏、早雲がこの地域を支配にかかる動乱でほぼ全焼。現在は寺域をだいぶ縮小し、江戸時代に再建・整備されたものです。かやぶき屋根の本堂は、残念ながら修理中でシートと足場で囲われてしまっておりました。
ここでは時政は重要な開祖様。お墓が境内の一角にあります。今年没後800年ということで、昨年800年遠忌供養のため、墓の周辺を整備したそうで、確かに玉垣や解説の石碑などはぴかぴか。「大事にされているのね、パパ」と相方と話しつつ、まずはお墓参り。
Tokimasa
「息子らにダメだしされて鎌倉から追っ払われてしぶしぶここに引きこもったのよねー」、「パパ、やりすぎちゃったからねー」とかんなんとかいう不届きな会話を、お寺の関係者には聞かれないようにしつつ、近年国宝に指定された運慶の仏像5躯がある大御堂に上がります(ここから先は撮影禁止)。
この仏像群は、古くから運慶仏として古くからその存在を知られていましたが、寺がたびたび戦火に遭った歴史などから、真作ではないと疑われてきたいわくつき。様々な調査研究によってようやく2013年に本尊の阿弥陀如来以下、不動明王、二童子、毘沙門天が全て運慶真作と認められ、国宝に一括指定されました。よっぽど嬉しかったのか、それを記念する立派な石碑が境内にどどーんと建っていましたよ・・・。
誰が作ったとか国宝とか云々抜きに、とてもいい仏様です。
続いて宝物館には、北条時政のビジュアルといったらこれ!とおなじみの時政公像と娘の政子の面影を映しているといわれる地蔵菩薩のほか、発掘調査で出土した遺物などが飾られていました。
時政公坐像の前で「パパだ!」「見たことある親父さんの顔だ~」と喜ぶ変な二人連れ。
ともに息子の四郎義時・五郎時房兄弟の方が好き、という組み合わせですので、彼らに隠居させられたパパさんに対しては、散々ないいようでございましたが(笑)、わかっているのよ、パパさんあっての四郎・五郎だと。そこは親愛の情をこめて、ってことで勘弁してください。
それにしても、そうかー、800年も昔の話なのねー。

Moriyama
願成就院のすぐ隣にあるのが、守山八幡宮。頼朝とのかかわりが伝えられ、ここで旗揚げを祈願したとも伝えられています。八幡様は源氏の氏神ですからね。お参りする機会は当然あったでしょう。
鳥居の向こうに見える建物は本殿にあらず、舞殿。毎年三番叟が奉納されます。本殿はというと、階段をずーーーーーと登るはるか上。ごめんね青春!、上までお参りする気力はありませんでした。

再び鎌倉古道に戻り、北条政子産湯の井戸を目指します。
この辺を歩いているとなんとなく、鎌倉の風景にも似ている気がします。今では結構な住宅地ですが、一昔前は多分豊かな田園地帯だったんでしょう。もちろん田畑もかなり残っています。鎌倉時代の昔も、それなりに豊かな土地であったんでしょうね。
Ido
北条政子産湯の井戸は、時代をスパーンと飛ばして室町時代、足利政知が御所を構えた堀越御所後と伝えられる広大な敷地の一角、といっていいところにあります。看板の説明をよく読まなかったので、最初はそこが北条氏館跡だと思ってしまいましたが、そちらは谷戸一つ向う。うーん、ここまで産湯を借りに来たのかしら?と首をかしげる距離でございます。
まあ、その辺は突っ込まないのが「伝承」のお約束ってもんでしょう。古びた井戸の底には、水がありました。現役で水が出るのかなあ?その辺の解説はありませんでした。
先述したとおり、北条氏館跡はちょっと距離があります。狩野川に面した場所で、守山を挟んで東側に願成就院、西側に館、という立地になります。まさに北条氏の本拠地。鎌倉北条氏滅亡後、一族の娘がここを寺にして供養を続けたとか。看板はきれいにできていますが、ウマが置いてあったり虎ロープで通行止めしてあったり、発掘調査が行われたの形跡がはっきりと。埋め戻し後によーやく草が生えてきたくらい、という匂いがプンプンです。整備はこれから、という感じです。確かちょっと前に発掘の現地説明会やったはずだよなあ。来たかったなあ・・・。
Hojyo

川向うにあるという、義時の菩提寺で泰時が建てたという北条寺は、橋はずいぶん上流か下流か離れたところで川を渡れずに断念。残念。北条スポットで観光散策ルートを売り出すなら、ここは北条邸跡の真ん前あたりで対岸に橋を架けるのが利便性ってもんじゃないっすかね~、伊豆の国市さん。ま、もっぱら反射炉押しで、北条氏なんぞどーでもいーのかもしれませんけどー。
そんなわけで、義時の墓参りはあきらめて(本人が眠ってるわけじゃないしねー。建てたの泰時だしねー)、いずれ車でリベンジを果たすとして、来た道をてくてくと戻り鎌倉古道にでましてさらに北上、頼朝と政子が新居を構えた跡に建っているという成福寺を覗いてから東に進路を変えて、韮山駅を左手に見つつ「なんでこんなに広くて真っ直ぐなんだ!?」と車がほっとんど通らない直線の道を伊豆箱根鉄道の線路も超えて歩き、蛭ヶ小島公園へ。
蛭ヶ小島は頼朝が流され、13から34歳までの約20年間を過ごしていたという場所。小島といってもど・平地。ここからまあ、伊東の娘に夜這いをかけて子供こさえたり、政子のとこにも通っちゃったりとしていたわけですね。伊東の屋敷はどの辺にあったんだろう?
Futari
公園には頼朝・政子夫婦の銅像が建っています。天気がいいとこの二人の視線の先にどどーんと富士山が見えるとか。降りこそしない、というあいにくの雨模様につき、富士山はどこにあるやら・・・ですが、公園内のお茶屋で写真を見せていただきました。
平坦地をだらだら歩くのもいい加減疲れてたし、頼朝・政子ルートはここまで。でもまあ、せっかくここまで来たんだから世界遺産入りを目指している韮山の反射炉ぐらいは寄っていこうね、とは思い、お茶屋で路線バスを訪ねると、あっさりきっぱり「ないよ!」の返答。
あたくし、某テレビの旅番組でも太川陽介の気持ちが一瞬すごくよく判った気になりましたよ・・・。
お店のおじさん曰く、歩いても15~20分程度、ということなので結局歩くことに。タクシー呼ぶのもばかばかしいしね。相方ともども歩くのはそんなに苦じゃないんだけど、修善寺でお土産買いこんで余計な荷物があったし、できれば楽をしたかったんだけど・・・・。お茶屋でお茶をごちそうになって、ついでにコーヒーを一杯頼んで休憩。
風もやんだし、相変わらず富士山は見えそうもないけど、いざ鎌倉!じゃなくて反射炉へ歩く。
あ、ついでに、銅像「蛭ヶ小島の夫婦」の夫婦、には「ふたり」とルビがふってありました。脱力していいっすか?

江川邸方面は省略し、一路反射炉へ。この函南反射炉線という道は、結構大型車両も通ります。ちらほらと観光バスの姿も。そうかー、この辺は徒歩で回るとこじゃないのねー。とつぶやきつつ、歩くこと15分くらい。だんだん反射炉こちら、韮山反射炉を世界遺産に!的な案内表示が増えてきたと思ったら韮山反射炉に到着。その手前は、明らかに大型観光バスをすれ違えるようにするための道路拡幅中・・・。

Hansya

えーとー、韮山反射炉です。幕末の韮山代官、江川太郎左衛門英龍が品川台場島に設置するための大豊を鋳造するために建設した鉄の溶解炉です。現在は国有の国指定史跡。九州、山口とタッグを組んで、目下世界遺産登録に向けて売り出し中!ってなおざなりの説明を付けて。いや、こういう技術系の遺産やうんちくも嫌いじゃないんですけど、どっぷり鎌倉時代気分だったので、イマイチのり切れなくて。
いやー、北条側のルートをあるっている時はほとんど人に会わなかったのに、なんでこんなにいるんだ!ってくらい人がいました。お土産物売り場大盛況。車や大型観光バスで、ピンポイントにブーンとやってきて、後はさっさと移動していちご狩りとか温泉とか、そういうのがここの観光は王道なんだなーとしみじみ。これから伊豆長岡駅まで歩くのに、うっかり地ビールを3本買ってしまう私も大概ですが。

そうしてスタート地点の伊豆長岡駅に戻る途中、農協近くにゴロスリののらにゃんこ2匹に遭遇して癒されたりしてゴール。ホームを間違えて三島行の電車を一本乗り過ごすというあほをやらかしましたが、駿豆線で無事、昨日出発した三島駅へと帰着。
1泊2日の北条氏らぶツアーはこうして終了したのでありました。
ブログは無駄に長かったけど、1泊2日だったんです・・・。
相方は東京でさらに一泊してご帰還。私は仕事が休めず付き合えなかったので、三島駅でお別れ。
お疲れ様でした。

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