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中伊豆北条氏らぶツアー 修善寺編

さてさて、三島市街を徘徊散策して、伊豆箱根鉄道駿豆線に乗り、一路終点、修善寺へ。
途中裾だけ富士山が見えました。もんのすごい近くにあるんですけどね~。

修善寺駅は24年秋に改修したばかりとてぴっかぴか。修善寺温泉にはバスに乗らねばいけません。お土産物屋さんにある軽食コーナーでコーヒーでも・・・と思ったんだけど、同じ駅舎内にセブンイレブンがあるじゃない。セブンカフェでいいや、と。100円の値段差をケチったわけじゃありませんよ。セブンのコーヒーってそれなりにおいしいじゃん。知らないお店より知ってる味を選んだだけですよ、ハイ。
Nori
伊豆箱根鉄道もそうだったけど、バスもスイカが使えない!思えば、現金払いでバスに乗るなんてものすごい久しぶりです。おつりが出るんだか、最初に両替するんだか分らなくて、おろおろしてしまいました。
さておき。
修善寺温泉街に到着したのは4時半過ぎ。修善寺宝物館はもう閉館してしまってる。でも宿に行くにはちょい早い・・・ということで、中心地から一番離れた源範頼の墓へレッツゴー!
範頼は、怜悧堅実なお兄ちゃん(頼朝)と暴走大将な弟らに挟まれて、影の薄い6男坊。全成も義経も頼朝と一戦交えたけど、範頼はあっけなく殺されちゃったしねぇ=。
彼の殺害に北条氏がどの程度関与していたかわかりませんが、その影響下にある修善寺に幽閉されて殺されたんだから、味方でなかったことは確かでしょう。九州にいれば独立できたかも知れないのにね。それができなくてお兄ちゃんのお膝元で、たぶん悪気なく頼朝戦死の報にほんとに狼狽えて、頑張んなきゃ!と気負っちゃって足元掬われちゃった感じです。戦さは結構上手だったからね。
お墓は小高い丘の中腹にあり、修善寺の町を見下ろせる眺めの良いところ。立派な五輪塔でのどかな感じがして、少しは彼も浮かばれるかな。遅かれ早かれ、大成せずに終わっただろう人だからね~。
とかなんとか、散々なことを相方といいながら(いやいや、親愛の情ですよ)、お墓参りを済ませて川沿いにおります。
Take

赤蛙公園を通りしばらく進むと「竹林の小径」と名付けられた、文字通りの竹林に散策路が通っているスポット。竹は雨っぽい方が風情がありますね。
関東人は何とも思わないんだけど、北海道人には竹林はなじみのない風景、鎌倉も竹林ばっかりですから鎌倉フリークには見慣れた光景なんでしょうが、相方はそれでも竹林を喜んでおりました。
Yado

竹林を抜けてすぐ近く。独鈷の湯が見える川沿いに建つのが本日のお宿、「花小道」。古い建物をリノベして、再開業したというお宿です。いわゆる「文化財級」の建物と伝統を誇る老舗と違って、リーズナブルでよいお宿です。私は古い建物は好きなんですが、仲居さんに部屋に入ってこられる和風旅館は苦手なので、和の雰囲気を保ちつつ、部屋はベッドで自由気まま、というこういうお宿は貴重なんですよ。
玄関入ってすぐのホールにあったカウチの古さにまずはにんまり。チェックインをするコンシェルジェルームの壁面埋め込みの金庫の扉にくらくら。色浴衣を選ぶのもそっちのけで中庭をガン見して、階段を踊り場上部の明り取りにうっとり。つやっつやの柱にべたべたと触り、部屋の前の黒石と檜板埋め込みの廊下にうっとり。お部屋に入ると板張りにしてベッドを入れてあるけど、床の間は残してあって、ありがとうございます!って感じで。
ハイ、思いっきりツボでした。
障子を開けると眼下は狩野川、独鈷の湯が見えます。立地も抜群。旅館でもなくホテルでもなく、まあ、どっちつかずで中途半端といえばそうかもしれないけど、こういうお宿は長く続いて欲しいですねぇ。

荷物を置いて身軽になって、ちょっとお土産でも見に行きましょかーと出たものの、店じまい早!まあ、メインスポットの修善寺が閉まっちゃうんだから、当然といえば当然か・・・。温泉街なんだからゆっくり湯につかればいいんだもんね。昔の温泉街の雰囲気を残した射的場なんかもあるけど、これは営業前なのか今日はお休みなのか。とにかく夜はお宿でおとなしくするしかないね~、という街です。
開いていたシイタケ屋さんで干しシイタケを買って(この辺はシイタケが名産)、その近くの神社(範頼はここにあったお寺に幽閉されていた)をお参りして、宿に戻ります。
宿のお食事は魚介類中心(伊豆だもんねー)。おなか一杯に食べまして、無料貸切風呂でまったり。あいにく、雨が強くなってきたので露天風呂日和ではないですから、パスしましたが。
板張りの部屋のせいか、どこからともなくカツカツと音が響くのも古いお宿のご愛嬌。ばたばたとうるさいわけでもなかったしね。ゆっくり休みました。前の日お通夜のお手伝いで、結構疲れていたのよ・・・。

でもって、翌日は雨模様。朝ご飯食べて、コーヒー飲んで(お宿のコーヒー、抜群においしかったです!)、チェックアウトの時間まで荷物を置いて宿の傘を借りて、すぐ近くの指月殿と頼家墓、十三塚へレッツゴー!
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指月殿は、狩野川を挟んで修善寺と向き合うように建つ小さなお堂。北条政子がわが子頼家の供養のために建てたといい、鍵も掛けずに無造作に、鎌倉時代作という釈迦如来座像が鎮座しています。大丈夫かいな・と心配になるオープンぶりだけど、土地で愛され大事にされているんでしょう。本来仏様というのはこうあるべきなんですよね・・・。防犯防火で保存のためにがちがちのケースに閉じ込められているのが、異様なんでしょう。

指月殿の裏側に、源頼家の墓があります。
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供養塔の前に隠れるようにちょこんとある、小さな五輪塔。範頼の墓と比べるとずいぶんちっちゃいなあ・・・。
頼家は、鎌倉幕府の創始者源頼朝の長男で二代将軍。そして将軍位から引きずりおろされて修善寺に幽閉され、やがて暗殺された自業自得悲劇の青年将軍です。岡本綺堂がそれを題材にして書いた「修善寺物語」で有名になりました・・・って、今はあんまり舞台にもかかってないみたいですけど。
私も相方も北条氏びいきですし、鎌倉幕府の公式な歴史『吾妻鑑』は北条氏側の視点で書かれてますから、記録された頼家のご乱行については割り引いて考えなきゃいけないでしょうけど、待望の跡取りでちやほやされたお坊ちゃまであったのは間違いないでしょう。もう少しお父さんが長生きしてくれればまた違ったんでしょうけど・・・。時政と比企能員の、マゴの地位を利用して自分の権力地盤を強化したい両タヌキ爺に翻弄されてかわいそうっちゃーかわいそうですが。北条びいきから見ると、足元掬われる方が甘いのよ!の一言で片付いちゃいます、ごめんね頼家。
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近くに、頼家とともに殺されたという13人を祀った塚があります。周りの玉垣がやけに新しいと思ったら、元は少し離れたところにあったのが、何年か前の大雨で山が荒れたので現在位置に移されたとか。13人の名前も伝わりませんし石塔の様式的には頼家と同時代ではちょいと説明のつかない形式ですので、後世に作られた伝承にヨものでしょうが、この土地では頼家は悲劇の将軍として、大切に弔われてきたんだなあ、というのが偲ばれます。

さて。そろそろ修善寺の門があきます。
宿に戻ってチェックアウトをし、橋を渡っていざ修善寺へ。
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まずは本堂にお参りを済ませ、宝物館に入ります。雨はどうにか傘を差さなくても大丈夫かな、という塩梅になってきました。
修善寺の宝物館には、北条政子や頼家縁の品や、修善寺建立に関する資料。そして「修善寺物語」の重要なモチーフ夜叉王の面のモデルとなった面などが収められていました。
今回、この時期に来たのは雛人形展と合わせて、いつもはみられない修善寺の庭園が見られるから。しかし、そちらの方の開場にはまだ若干時間があるので一旦お寺を出てお土産物を買いに。
自家製量り売りというわさび漬けをゲットして、再び修善寺へ。
雛人形展は別料金。書院に上がってつるしびなやら雛飾りを見ながら、奥の廊下から庭を鑑賞。
さすがに伊豆のお庭です。溶岩を組み上げたかなり高さのある滝が!
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今の修善寺は明治20年に再建されたもので、書院や方丈は明治38年になってから整えられました(現在の建物は昭和の再建)。庭もそのころに作庭され、整ったのは明治40年になってからとか。
いわゆる池泉回遊式の庭園ですが、非常に高低差があるのが京都なんかのお庭とは違います。溶岩使ってるしね。作庭師などの詳しい資料は残っていないそうですが、地形を生かした、修善寺ならではの庭だと思いました。

さてさて。メインスポット見学を終えまして。いよいよ北条の本拠地、伊豆長岡へ参りましょう~~。
ってなわけで、まだ続くのです。

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