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中伊豆北条氏らぶツアー 三島編

3月年度末体制と戦うための英気を養おうと、一泊旅行に行ってきました。
相方は北海道から「いざ!鎌倉」の鎌倉幕府フリーク。もちろん、鎌倉北条氏とおまけのように源頼朝の即席なんかを訪ねるという、オタク(今どきは歴女というべきなのだろうが、やはりそぐわないわが身かな)なツアーになりました。
さてさて。

初日。
特に事前調整したわけでもないのに、羽田から三島に向かう相方と、偶然同じ新幹線に乗り合わせ三島駅ホームで合流。まずは三島大社に向かいます。
Misima_2

三島は伊豆半島への玄関口。三嶋大社は源頼朝が源氏最高・・・じゃない再興を祈願して旗揚げをしたとされる神社です。本殿はケヤキの権現造。ま、一応頼朝にかけた北条氏ゆかりの地を愉しむツアーですから、まずはここからご挨拶ってことで。
境内にある金木犀は国の天然記念物ですが、だいぶ痛んでいるご様子で、職人さんが手入れをしていました。全盛期の写真見たことがあるけど、花期ではないというのを割り引いても、ずいぶん寂しい枝ぶりになっていたなあ・・・・。

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天気予報は雨の確率高め。空もどんよりでしたが、時折は日差しも出てよさげな雰囲気になって参りました。
神社の駐車場にあった河津桜は満開(やや過ぎ)。
花を愛でつつ駐車場を通り過ぎ、三島暦の館を目指します。

さて。
三嶋大社は創建不明ながら、『延喜式』の神名帳にもその名がある由緒正しい式内社(もっとも、神名帳に記された所在地と現在地が違うので遷座や誤記説があります)。どちらにせよ平安時代から知られている、東海随一と言われたお社です。

で、三嶋大社の創建にかかわると思われる、伊豆の国府が三島に置かれた奈良時代、都から移ってきたと伝えられる河合家は代々暦を製造・販売してきたといわれる三島の旧家。
そのご子孫が代々住んできて、三島氏に寄贈され、暦の資料館となったのが「三嶋暦師の館」。
Koyomi_2

三嶋暦は「かな文字で印刷された暦としては日本最古」と言われる暦です。頼朝も使っていたんじゃないかーと言われてもいますが、残念ながら鎌倉時代にさかのぼれる暦は現存していません(現存最古は室町時代のもの)。
おおむね中世から明治まで、製造販売されていた暦で、信長や家康も使っていたんではないかと言われます。江戸幕府にも献上していました。暦師の館では、そんな三嶋暦やその版木、関連資料などを展示しています。
建物自体は安政の大地震後、現在の裾野市にあった十里木の関所の建物を使って建てられた、幕末の建築。その後改変が加わっていますが、昔ながらの佇まいを残している平屋の木造建築です管理は地元のシルバー人材センターの方がやっているようで、。座敷の格式で天井の高さが違ったり、障子の貼り紙に暦の反古紙が使われていたり、と細かいところを丁寧に説明してくださいました。

暦師の館を出たら、東海道に向かいます。今では宿場町の面影はほぼまったく、残っていません。気を付けてみていると、本陣跡を示す表示が出ていたりするのですが。
街道からちょっと引っ込んだところにある「時の鐘」は、かつて三島の宿内に時間を知らせていたもの。
鐘楼は新しかったですが、鐘自体は寛永年間に鋳造されたと伝えられています。結構有名らしく行列ができていたウナギ屋さんの裏手にある神社境内にちょこんと鎮座ましましており、いい匂いが漂っておりました~。
諸般の事情により「今年の」除夜の鐘は中止、だそうですが、去年の看板がそのままなのか、今年の話なのか?立派な鐘楼にはしごも階段もかかっていない、どうやって上るのかよーわからん部分もありましたが・・・。
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三島はいたるところに清流が流れている水の町です。なんだか統一性の取れていないオブジェや噴水があったりするのは・・・芸術なのかご愛嬌なのか、ううむ×
それにしても、街中にこれだけ水が流れているのに何たる皮肉、と思うのが楽寿園。
判る人には「上野公園の中にある馬に乗った銅像の人」、小松宮彰仁親王の別荘として建てられた広大な庭園を持つ公園です。かつては中心建物楽寿館の前にある小浜池になみなみと水が満ちていたそうですが、昭和30年代に上流の開発で工場などが建ち地下水が汲み上げられるようになって、どんどん湧水が減っていき、今では写真のようにごつごつとした溶岩で造作された池底が広がる一種異様な光景が通常で、7年に一度くらいしか満水にならない、という状態。無理やりどこかから人工的に水を引いてこないで、湧水の満ちて涸れるに任せているところは潔いと思いますが、満水時の写真と見比べると何とも物悲しい気持ちになります。
楽寿館内部は決まった時間に門前に集合して、ガイドさんの案内で見学可能。撮影不許可でしたので、写真はありませんが、明治20年代の装飾絵画の第一人者たちが描いた板戸絵や天井画が見どころ。細かい意匠も凝っていて、千鳥の釘隠しのぷくぷくぶりがツボでした(そこか!)。

Rakuzyu

楽寿園の広大な敷地を散策していると、アルパカとごたーいめーん。
なぜか動物園がありました。
小田原城もそうだけど、昔は史跡名勝と動物園はセットだったのか?
癒されたような、なんだかだまされたような(?)気もしつつ、振出し三島駅に戻って、三島の散策は終了。
Aru

伊豆箱根鉄道に飛び乗って今日の宿泊地、修善寺に向かいますよ~~~!
・・・あ、お昼は食べ忘れました×(よくある話)
てなわけで、修善寺編に続きます。

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