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ヒオウギ

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巷はお盆のようですが、我が家は新暦でお盆なのですでに先月終了済み。その代わりと言うわけではないのですが、叔父の一周忌の法要がありました。
昨年、体調が悪いからとちょっと検査のつもりで病院に行って、治療法のない難病とわかり、そのまま家に帰ることも出来ずにあっという間に逝ってしまいました。
今年は梅雨が開けてから雨っぽいなぁと思ってたんですが、思い返せば見舞いに行くたびに去年も雨模様が多かったっけなぁ。母にとっては年の離れた弟で、まさか自分より先に、しかもこんなにあっけなく逝かれるとは思ってなかったようで、去年のことはよく覚えていないとつぶやきます。私も、親が死んだら頼りにできる身内だと頼りに思っていたので、何がなんやら・・・。私らでもそんなこんなでしたから、治療法はない。弱って死ぬのを待つばかり。の日々を過ごした、叔父の無念や叔母、いとこ達(叔父の子ら)の無念はいかほどかと。
長かったような、あっという間だったような1年でしたが、「これで一段落。喪が明けて普通の状態に戻るので、未来を向いて生きていかなければなりません」と、坊さんがいいました。ああ、一年経つというのはそういうことなのだなぁ、と。
法事の日は空模様はよくありませんでしたが、降り出すわけでもなく、ここ数日の暑さを忘れるような涼しさで、年寄りの多い親族の喪服の集まりには助かりました。面倒見のよかった叔父らしい天からの配慮だったようです。
お寺の玄関先に無造作にヒオウギがたくさん咲いてました。アヤメ属の多年草。うちの庭にもあります(写真はお寺のではなく庭の)。開花後に黒い艶のある実をつけることからヌバタマの名称もあります。
自生もしている宿根草なんですから、昨年の同じ時期にも同じ場所に咲いていたはず。目立つオレンジだし、玄関から出入りして葬式やったんだし、視界に入っていたでしょうに、去年は全然気が付きませんでした。
その前の年は、勿論叔父の葬式を出すことになるとは思いもよらず。ヒオウギの季節にお寺にはよりついてもいなかったわけで。
人間はなんのかんのと、見ようとしているものしか目に入らないものなのですね。目の前にあるものすら、見えていても見えないことがあるんですから、運命なんてもんは更に見えないもんなんですね。そんなことをしみじみ思いました。


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Comments

こんにちは。
昨年の7月から今年の1月にかけて叔母一人と叔父二人を見送りました。
スポーツウーマンだった叔母はALSを発症して2年半ほどで逝き
叔母の連れ合いの叔父はその4ヶ月後に後を追うように逝き
弟を見送って気落ちしていた叔父も逝ってしまいました。
みんな高齢だったので仕方ないですけれど一気に寂しくなりました。moon3

実は父方の伯父がちょっと前に亡くなって、今年は伯母も亡くなっているのですが、この叔父ほどのショックはなかったです。患ってからあっという間だったのと、治療法がなくて為す術がなかったという無念と、まだまだ長生きできる年齢だったので。去年の今頃はブログに書く気にも慣れず、一年経ってやっと記事にしましたが、それでもまだ、嘘みたいで、家に遊びに行ったら畑から帰ってきそうな気がします。

ヒオウギの美しいけれど、どこかはかない風情の写真を見て文章を読むと、より胸に来るものがあります。
歳を重ねて、見送ることが多くなりそしてそのお別れに自分を重ねつつ…。
お辛いお別れで、最後の文章は涙が出そうです。
10年も前にお別れしたお世話になってた知人のことを強く思いました。
その方も急な難病で、お見舞いに行こうと思ってたら亡くなられて。
私も、いまだに携帯がかかってきそうで電話番号を残してます。
あったかい声が聞こえそうで。

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